Yuichi Murata's Engineering Blog

グローバル・エンジニアリング・チームをつくる

機長に学ぶ仕事の任せ方

やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ 話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず。 やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず

あまりに有名な連合艦隊司令長官山本五十六の名言です。 今、エンジニアリングマネジャーとして、この言葉を模範として頭の中において日々を過ごしています。

自分の仕事を任せる

マネジャーになると、いままで自分でこなしていた仕事をどんどん若手に任せていく必要があります。 マネジャーとして、はじめのうちは少しずつ権限を移管していって、最終的にまるっとおまかせしたいわけです。この仕事のハンドオーバーにはちょっとしたコツがあるように思います。

プレイヤーとして優秀であったがゆえにマネジャーに昇進するケースが多いと思います。この仕事の優秀さが仇となってハンドオーバーがうまく行っていないケースをよく見かけます。 プレイヤーとして優秀な人がマネジャーに昇進した場合、部下たちは上司を「プレイヤー」として頼りにします。これは次世代を育てるに当たっては非常に都合が良くないのです。

機長症候群

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「機長症候群」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。

1978 年、ユナイテッド航空 173 便が着陸時のトラブルで墜落する事故が発生しました。機長が着陸の際に「車輪が降りていること」を確認できず、原因分析に躍起になるあまり燃料不足に気づくのが遅れ墜落したというものです。

ブラックボックスに記録された記録を確認すると、クルーは燃料不足の問題を明確に認識していました。機長が車輪の問題にこだわっているうちに、じきに燃料が尽きて墜落してしまうことを理解していたのです。なぜ彼らは機長に強く意見し、たとえ胴体着陸になろうとも燃料のある内に着陸することを促せなかったのでしょうか。

副操縦士航空機関士は、なぜ機長が着陸しようとしないのか理解できなかった。今は燃料不足が一番の脅威のはずだ。車輪はもはや問題ではない。しかし権限を持っているのは機長だ。彼は上司であり、最も経験を積んでいる。副操縦士航空機関士も、彼を「サー(Sir)」と呼んでいた。(失敗の科学-失敗から学習する組織と学習できない組織-マシュー・サイド)

失敗の科学 失敗から学習する組織、学習できない組織

失敗の科学 失敗から学習する組織、学習できない組織

不可解な航空機事故は他にもあります。

代わりに副操縦士役を仰せつかった隊員は、伝説的な空軍大将と飛べることを大変名誉に思っていました。離陸の際、エントは歌を口ずさみながら、時折、それに合わせて首を上下に軽く動かしていました。そしてなんと副操縦士はこの動作を車輪を引っ込めろという合図に取ってしまったのでした。離陸速度にはまだ全く達していませんでしたが、副操縦士は車輪を引っ込め、期待は滑走路に叩きつけられてしまったのです。(影響力の武器-ロバート・チャルディーニ)

人間とは本質的に「権威に服従する」心理的性質を持っています。そのため、機長が何かとんでもない指示をしたりミスを犯していても、クルーは自然とそれらに従ってしまったり、強く意見することができなくなってしまうのです。こうした心理的効果は「機長症候群」と言われています。

機長症候群とマネジャー

優秀なプレイヤーがマネジャーと昇進した場合、これと全く同じことがおこります。プレイヤーとして優秀であれば今まで存分に頼りにされていたはずです。さらには「上司」として公式に権威をあたえられればなおさら「部下」たちは無条件に上司の言うことに従うようになります。これは2つの側面から大変よろしくありません。

まず部下たちが自分で考えない、指示待ちになります。いままで仕事をリードして、権威をも手に入れた上司に意思決定のお伺いをたてるようになります。これは部下の自律的な行動を抑えてしまいます。

2つ目に、上司が愚かな意思決定を下した際に、そのミスを指摘してもらいにくくなります。上司に昇進すると、現場で100%働いていたときのようには行かないものです。いままでのようにきめ細かに現場の状況が把握できていない中で意思決定をするのですから、間違った意思決定をしやすくなるのも当然です。ですが、そうした間違った意思決定に対する反論は、いまの部下たちと同じ立場で仕事をしていたときに比べ、ずっともらいにくくなります。なにしろ、あなたは「上司」なのですから。

You Have Control

幸いにも、部下が指示待ちにならず、仕事を任せる方法を「機長」から学ぶことができます。

飛行機系のドラマで "You have control" / "I have" というやり取りを見たことがあるでしょうか。機長が副操縦士に仕事を任せる際に行う手順の一環として、明確な会話が行われます。

部下に責任を持ってもらうには、あなたが今まで操縦していた飛行機の操縦桿を渡すことを明確に伝えることです。そして部下が操縦を間違えば飛行機は落ちることを理解してもらうことです。部下は引き続き色んな相談をしてくることでしょう。理解できていない要件を聞いてきたり、細かな仕様についてどうすべきかアドバイスをもとめてくることもあると思います。上司としてあなたは部下を助ける必要があります。ですが、一番大事なことは操縦桿を持っているのは部下自身であることを明確につたえることです。「僕はこう考えるけれども、決めるのは君だよ」と。

仕事を任せるということは、副操縦士に操縦桿を握ってもらい、ゆくゆくは機長席に座ってもらうことなのだと思います。