Yuichi Murata's Engineering Blog

グローバル・エンジニアリング・チームをつくる

言語の壁を壊す心理的安全性 -- Organization i18n

グローバル ≠ 英語

国際化を進める組織の一つの挑戦は言語の壁をどう壊すかだ。一般に国際化を進める組織は何に関しても英語が前提になっていると思う人は多いと思う。実際にこれは正しくない。世界を見渡してみれば、国際化が進む都市においても現地語が幅を効かせている場所を沢山見つけることができる。例えば東京は国際都市ではあるが、まちなかで英語で話す人を見ることはあまりないだろう (無論観光客などを除いて)。上海や深圳も国際都市だが、見渡す看板は中国語だらけだ。こうした都市において、仕事をする中で英語を流暢に話す人もいれば、それほど話すのが得意でない人を見かけるのは何ら不思議ではない。現地語で話す方がよっぽど気が楽だという人もいるだろう。

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Photo by Andre Benz on Unsplash

他愛のないおしゃべりであれば現地語で話そうが大したことではない。だが、会議などのビジネスとなると話が違ってくる。チームは一緒に仕事をしなければならない。皆同様にどのような情報も把握できるようにすることはチームワークの要だ。しかし、国際化を進める組織においては、未だに現地語で開催される会議を見るし、現地語でしか提供されない資料もある。この問題をどう解決するべきだろうか。

自ら強化される言語の壁

同僚たちに英語を使うようにお願いする (あるいは強要する) ことは、言語の壁を取り払うにあたってとても優れた方法とは言い難い。自分の意見では、むしろ言語の壁を強化してしまうことすらあると考えている。

国際化を進める組織はたいてい英語を公用語に据えようとする。すべての会議で英語を原則としたり、昇進の条件をつける場合もある。英語を共用することは外科手術である。予期しない副作用をもたらすこともある。元々組織で活躍していた人たちの中には、居心地が悪くなって去ってしまうものもいるだろう。もしある従業員が英語で意見を述べる自身がなかったとして、それを強要することは人前で無様に失敗することを強要するようなものだ。ともすれば、自然と意見の発言を抑え言語の壁を逆に強化する結果になりかねない。

これは我々が望んだ結果ではないだろう。我々は外科手術の代わりに、組織が自然と国際化に向かって力をつけることができる東洋医学を必要としているのだ。

心理的安全性が言語の壁をいかに取り払うのか

心理的安全性は Google の re:Work 研究のなかの一つの鍵となる概念だ。人々は安全を感じたほうが大胆にチャレンジをすることができる。言語の壁を取り払うに当たってもこの心理的安全性が鍵となる。ここでは 2 つの方向で心理的安全性を議論する。

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Photo by Mimi Thian on Unsplash

1 つ目は、現地のメンバー (つまり日本人) に対して英語で意見を表明するよう励ますことだ。会議は積極的傾聴の雰囲気を持っていなければならない。チームは賢い議論をすることよりも、それぞれの個人の意見を吸い上げることに注意を払うべきだ。チームはまず簡単なトピックからスタートして安全に意見を表明させると良いだろう。次第に難しいトピックに移っていけば良い。もしある人が言葉に詰まっているなら助けてあげよう。もしすべての意見を表明できなければ、その意見を汲み取って、言い換えて「こういうことかな?」と確認してあげればよい。

片言ピエロを演じることも有効なアプローチである。自分の場合たまにあえて文法が破綻した英語を使うことがある (わざと、ということにしておこう…)。人前で思いっきり失敗しつつも意見を伝えることで、文法を守るよりもきちんと意思を伝えることの方が大事だとチームに示すのである。これは、文法を忠実に守りたがる日本人には特に効果的だと思う。たまに、文法はむちゃくちゃだが英語でコミュニケーションがうまい人がいるだろう。こういう人物を会議に引っ張ることも、チャレンジする空気を作る効果があると思う。

難しくなったらいつでも日本語に切り替えていいと表明することも有効だ。これはある種の命綱である。命綱なしで綱渡りをしろといわれたら、誰だって怖気づいてしまうだろう。命綱があるから、より軽い気持ちで英語で意見を表明できる。何より、何も意見を表明しないよりずっとマシだ。意見さえ言ってもらえれば、後でチームがフォローすることだって出来る。

2 つめに、今度は英語話者がいつでも議論に割って入って良いことを表明することだ。英語で始まったは良いもの、いつの間にか現地語に終始してしまうミーティングを自分は何度も経験している。英語話者にとって、ここに割って入るのは気まずいはずだ。だからチームはいつでも割って入って良いと予め表明するべきだ。英語話者が割って入ることは、会議のバランスを取り直すにあたっても重要だ。一時的に現地語で議論するのは全くもって問題ないが、英語話者を置いてけぼりにするのは良くない。 英語話者が割って入ることは、英語での議論を再開するいい『再起動』のポイントとなる。これは現地のメンバーが英語にチャレンジする機会を再び与えることになる。

グローバル = 多様性

国際化を進める組織において、そこには様々な人々がいる。英語が流暢な人もいればそうでない人もいる。彼らの母国語は出身地による。自分は良く英語と日本語と中国語の飛び交う会議に出席する。基本的な議論は英語で進むのだが、ちょっと脇にそれた議論や細かなフォローアップはそれぞれの現地語で行われるのだ。自分はこの環境を楽しんでいる。 皆様の中には、これを随分混乱した状況に思うかもしれない。だが、国際化を進める組織の現実はこうなのだ。自分はこうした現実を受け入れつつ進むことが、チームが国際化するための東洋医学なのだと考えている。

原文:

yuichi-murata.medium.com