Yuichi Murata's Engineering Blog

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エンジニアリングマネージャーが知るべき 3 つの戦略

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戦略思考はエンジニアリング・マネージャーの本質的スキルの一つである。あなたはあなたのチームの将軍である。あなたのチームのアウトプットはあなた次第だ。あなたの戦略スキルによって、あなたのチームのスキルを倍にも半分にもなる。 自分は今年十数冊を超える戦略書を読み漁ってきた。この記事ではエンジニアリング・マネージャーとして最も重要と思われる戦略スキルを 3 つに絞って紹介したいと思う。

アジリティ

アジリティは古典的戦略概念の一つである。アジャイル、リーン、ブリッツ・スケーリングといった昨今流行りのコンセプトの形でその影響をみることができる。 アジリティは「いかに早く動きの方向を変えることができるか」である。どれだけ「速いか」という意味ではない。むしろ「速さ」とは逆の概念にすらなり得る。ロケットが宇宙に向かって進む様を想像してほしい。ロケットは地球の重力の影響に逆らえるほど速いが、その方向を変えるのは容易ではない。慣性を最大限活用して推進するからだ。このことはロケットは「速い」が「アジリティ」はないことがわかる。次に、サッカー選手 (またはバスケット選手でも構わない) が対戦相手を抜く様子を想像してほしい。選手はフェイクをかけ、素早く異なる方向に進み相手を抜き去る。これが「アジリティ」である。

アジリティの重要さは 1939 年の第二次大戦で認識されることになる。ドイツ軍は密林を密かに行軍し奇襲攻撃を仕掛けた。当時フランス軍は世界でもトップクラスの戦車部隊を持っていた。しかしながら、ドイツ軍は第一防衛ラインを突破するや否や、フランス軍を継続してたたみかけた。ドイツ軍はフランス軍が立て直す前に次々に行動を起こした。その結果、ドイツ軍は質でも量でも劣るフランス軍を圧倒したのである。これは「電撃戦」として知られる。

もう一つの重要な発見がジョン・ボイドと呼ばれる人物によってなされた。ジョン・ボイドはこの発見を OODA ループと名付けた。OODA ループは米海兵隊のドクトリンとして活用されている。彼は朝鮮戦争のさなか、アメリカ軍の F-86 戦闘機がソ連軍の MiG-15 に対し圧倒していることを発見した。当初それらの戦闘機の性能は殆ど同じであったにもかかわらずである。彼は、F-86 戦闘機はより広い範囲を見ることができるウインドシールドを持ち、強力な油圧制御システムをもっていたことにより「アジリティ」に優れていたためだと結論づけた。

アジャイルマニフェストにもアジリティの記述を見ることができる。アジャイルマニフェストの「計画に従うことよりも変化への対応を」はまさにアジリティの重要性を意味している。リーン開発手法は MVP (Minimum Viable Products) を作ることによって、より早く仮説を検証し、最小の労力で方向転換ができる方法について述べている。

アジリティを理解することはこれらの方法論の本質を理解する上で役に立つだろう。新しい概念や理論がアジリティの上に次々に登場している。アジリティを理解することであなたも新しい概念を発見することができるかもしれない。

摩擦

Vom Kriege または「戦争論」は戦略書の古典だ。クラウゼヴィッツは戦争の不確定要素を「摩擦」と定義している。

戦争においては 、一切事が至って単純である 、しかしこの最も単純なものが 、実は多くの困難を孕んでいるのである 。これらの困難が積み重なると摩擦が生じる 、そしてこの摩擦は 、戦争を親しく体験したことのない人には 、それがどのようなものであるかをとうてい思いみることができないのである 。(中略) 戦争においては 、机上の計画ではとうてい考えられないような無数の小さな事情のために 、一切が最初の目算を下り 、所定の目標のずっと手前までしか達しないのが通例である。 — 戦争論 上 (岩波文庫) by クラウゼヴィッツ, 篠田 英雄

ある車が等速直線運動をしているさまを想像してほしい。その動きを机上で計算するのは簡単だ。しかし、実際の動きは机上の通りにはならない。なぜならタイヤに、ギアに摩擦が生じ、空気抵抗が車両の動きを変えてしまうからである。クラウゼヴィッツはこれの「摩擦」の比喩を用いて戦争の不確定要素について述べているのである。

ソフトウェア開発でも同様の考え方が成り立つ。あなたは初期にプロジェクト計画を立てる。だが、それはほとんどのケースで計画通りにならない。仕様書の不整合を見つけたり、他のチームの予想外の遅延にブロックされたり、依存ライブラリの破壊的変更でビルドエラーを起こしたりして、プロジェクトは遅延していく。これはクラウゼビッツが述べている摩擦とそっくりである。

クラウゼビッツは摩擦への対処は「軍事的天才」にあると結論づけている。彼の説明に依ると、不確定要素にたいしてより上手く対処する軍事的天才こそ相手に勝つことができるのだという。摩擦の対処には確立された理論や科学はない。天才による技能のみが摩擦に上手く対処しうるということなのである。

今日では、プロジェクト管理のための仕組みをたくさん学ぶことができる。ガントチャートPERT 図などおなじみのものがあるだろう。しかしながら、未だに多くのプロジェクトが計画通りに進まず、しばしば致命的な形で失敗することを我々は知っている。これはプロジェクトの成功の鍵がこうした方法論にないことを暗示している。プロジェクト成功の鍵は、軍事的天才と同じように、プロジェクトの不確定要素に対して対応する個人の技能によるものなのである。

物語

物語は人類にとって最も強力な組織化のためのツールである。立派な大聖堂を想像してほしい。あるいは巨大なピラミットでも構わない。こうした偉大な建造物はどの様に作られるのだろうか。その答えは「物語」である。人々は神々や王の偉大さをストーリーを通じて信じるようになる。これらのストーリーは聖書や石版、モニュメントに刻まれる形で知ることになる。これらのストーリーこそが人々にその偉大さを知らしめ、偉大な建造物建築のための組織化を行うのである。 

物語は近代の政治にも見られる。大統領候補はスピーチを通じて人々を引きつける。独裁者はプロパガンダを通じて人々を管理しようとする。物語は良い方向にも悪い方向にも扱うことができる。そしてどちらに使うにせよ、その人々を動かす力は強大だ。

物語はソフトウェア産業でも用いられる。いちばん有名な物語は「情報は自由になりたがる」というものだ。このストーリーはフリーソフトウェアの文化を促した。この物語の力は、Linux OS や GNU コンパイラ、アパッチソフトウェアにたくさんの GPL/LGPL ライブラリと行った偉大な成果物を生み出している。ストーリーはコーポレート・ミッション・ステートメントにも用いられる。Google は「世界中の情報を整理する」という物語を通じて世界でトップクラスの才能をひきつけている。テスラは「持続可能なエネルギーに向けた世界の加速」という物語をもちいて同様のことを成し遂げようとしている。これらは「戦略的ナラティブ」として知られ、今日の組織に広く用いられている。

世界でも有名なリーダーたちは物語を語る能力を持ち世界を変えてきた。あなたは誰を思い浮かべるだろうか。マーティン・ルーサー・キング牧師だろうか。ウインストン・チャーチルだろうか。それとも IT 業界のレジェンド、スティーブ・ジョブズだろうか。エンジニアリング・マネージャーとしてあなたもチームを団結させるために物語を語る能力が必要だ。

チームの将軍になろう

エンジニアリング・マネージャーの重要な役割はチームをよりよい方向に導くことだ。あなたはチームが成功できるように、チームの「将軍」にならなければならない。この記事ではエンジニアリング・マネージャーが知るべき戦略的概念をいくつか紹介した。

この記事を通じてあなたが良き戦略的視点を手にし、能力ある「将軍」として振る舞えるようになれると嬉しい。

原文:

yuichi-murata.medium.com